以前の記事「翻訳前の用語集作成が重要な理由」では、人による翻訳でもAI翻訳でも、事前に用語集を用意しておくことが、訳文の品質を大きく左右することについて解説しました。

では、実際に用語集を作るとなったとき、何を入れるべきで、何を入れないほうがよいのでしょうか。

よく見かけるのは、「できる限り多くの用語を入れておくのがよい」という考え方です。しかし実務では、このような用語集ほど使いにくく、ときには訳文の品質をかえって下げてしまうという、本末転倒な結果を招くことがあります。

この記事では、人にもAIにも本当に使える用語集をつくるための3つの原則をご紹介します。

「何でも入れた用語集」が使いにくい理由

まず大前提として、一般的な辞書とは違い、用語数では用語が多いこと自体に価値はありません。

用語集の目的は、主に2つです。

  1. 業界特有の専門用語や固有名詞の訳語を正しく使う
  2. 訳語の揺れを防ぐ

このうち重要なのは、1の業界特有の専門用語や固有名詞の訳語を正しく使うことです。

用語集にできるだけ多くの用語を入れるのは、2つめの訳語の揺れをできるだけ防ぎたいという思いからではないでしょうか?たしかに多くの用語に訳語が用意してあると、訳語を統一しやすくなるメリットはあります。

ところが用語集を引く回数が多すぎると、引くこと自体が手間になり、人によっては用語集を無視して訳すことになりかねません。結果として、訳語の揺れを防げないだけでなく、より重要な「業界特有の専門用語や固有名詞の訳語を正しく使う」という目的も果たせない可能性があります。

翻訳をAIで行う場合は、別の問題が生じます。用語集は最終的に指示文(プロンプト)の一部としてAIに渡されるため、用語数が増えるほど一つひとつの指示の重みは薄まります。さらに厄介なのは、精度の低い用語が混ざっていると、AIはそれを無理に守ろうとし、本来その訳語を当てるべきでない箇所にまで機械的に適用してしまうことです。

つまり用語集の価値は、量ではなく純度で決まります。玉石混交の1,000語より、確実に守らせたい100語のほうが、人にもAIにも正しく作用します。

原則1:入れるのは「固有名詞」と「専門用語の名詞」だけ

用語集に入れるべき語は、次の2種類に絞るのがおすすめです。

  • 固有名詞:会社名、製品名・サービス名、ブランド名、部署名、役職名、システム名、施設名、人名など
  • 専門用語の名詞:その業界や社内で訳語が定まっている技術用語・業務用語

この2つには共通点があります。

  1. 訳語が一対一である(文脈によって訳し分ける必要がない)
  2. 文中で形が変わらない(活用しない)
  3. 間違えると実害がある(ブランド毀損、仕様の誤解、読者の混乱に直結する)

逆に言えば、この3条件を満たさない語は、用語集に入れても効果が薄いか、むしろ害になります。たとえば「品質」「対応」「実施」といった一般的な用語は、人もAIも文脈から適切に訳せますし、固定してしまうと不自然な訳文の原因になります。

迷ったときの3つの質問

ある用語を登録すべきか迷ったら、次の3つの基準で判断することをおすすめします。

  • この用語は、文書のどこに出てきても同じ訳でよいか?
  • 翻訳者やAIがインターネット上で調べられない固有の情報か?(社内用語、非公開の製品名など)
  • 訳し間違えたときに実害があるか?

3つすべてが「はい」であれば、迷わず登録してください。ひとつでも「いいえ」があるなら、用語集ではなく後述のプロンプトやスタイルガイドで扱うほうが効果的です。

原則2:動詞は入れない

「対応する=support」のような動詞のエントリは、用語集には入れないのが正解です。動詞には活用形が事実上無限にあるためです。日本語だけでも「対応する/対応した/対応して/対応される/対応しない/ご対応いただき……」と変化し、英語側も handle / handles / handled / handling と変わります。

用語集の用語を単純置換するツールでは、原文での活用形が合わないと用語が一致せず、用語集の訳語が使われません。

一方、用語集をプロンプトに入れてAIに渡す場合、AIが語形の変化を吸収して適用するため、今度は過剰に効きすぎることが問題になります。「対応する=support」と指定すると、本来 address や handle が適切な箇所にも support が当てられてしまいます。これは、後述する原則3と同じ理由で起こる誤訳です。

つまり動詞のエントリは、効果がないか、過剰に適用されるかのどちらかになりやすく、安定して役立つ場面がほとんどありません。無理に指定どおりの形を守らせれば、「〜することに対応を行う」のような不自然な訳文も生まれます。同じ理由で、形容詞・副詞・言い回し(コロケーション)も用語集には向きません。

動詞の訳し方は「プロンプト」で指示する

では、動詞の訳語を統一したい場合はどうするかというと、用語集ではなくプロンプトで指定します。

たとえば次のように書きます。

「対応する」は文脈に応じて address / handle / support を使い分けてください。問い合わせへの返信を指す場合のみ respond to を使い、それ以外では使わないでください。

プロンプトであれば、活用形に縛られず、条件付きのルールとして書けます。KORREPETでは「マイプロンプト」に自社や案件ごとの指示を登録できるため、動詞や文体の方針をまとめておけば、毎回の翻訳に安定して反映させることが可能です。

「プロンプト編集」をクリックしてプロンプトを編集できます

用語集とプロンプトの使い分けを整理すると、次のようになります。

用語集に入れるプロンプトに書く
対象固有名詞、専門用語の名詞動詞、言い回し、文体、条件付きルール
性質一語一訳で固定できるもの文脈判断が必要なもの
例製品名、部署名、規格名敬体/常体、能動態優先、単位の表記法

原則3:訳し分けが必要な語は入れない

3つめの原則は最も判断に迷いやすい部分ですが、効果は絶大です。

特にAIで翻訳する場合、一語一訳にできない用語を用語集に入れると、それは「誤訳を強制する悪魔の指示」になります。

たとえば「管理」という語を management に固定したとします。すると、アクセス管理(access control)も、品質管理(quality control)も、設備の保守管理(maintenance)も、すべて management に寄せられてしまいます。同様に「確認」を check に固定すれば、本来 verify や confirm が適切な箇所まで check になります。

こうした用語は、用語集に入れないことが正解です。訳し分けが必要だと感じた時点で、その用語は用語集の対象外だと考えてOKです。どうしても方針を示したい場合は、原則2と同じく、プロンプトで条件付きの指示を出します。

「管理」は、権限やアクセスに関する文脈では control、組織やプロジェクトの運営に関する文脈では management、設備・機器の保守に関する文脈では maintenance を使ってください。

なお、一般名詞と同じ形の固有名詞にも注意が必要です。製品名が一般的な単語と同じ綴りの場合、用語集に入れると本来訳すべき一般名詞まで製品名として扱われてしまうことがあります。この場合は、前後の語まで含めた形(「○○シリーズ」など)で用語を登録すると安全です。

入れる/入れないの具体例

ここまでの3原則について、具体的な用語の例を示します。

エントリ例用語集に入れるか理由
株式会社◯◯ → ◯◯ Inc.○固有名詞。表記の揺れが許されない
保守運用センター → Maintenance and Operations Center○社内固有の部署名。AIは自力で正解を出せない
逆浸透膜 → reverse osmosis membrane○訳語が定まっている専門用語の名詞
対応する → support×動詞。活用形に一致せず効かない
管理 → management×訳し分けが必要。誤訳を誘発する
弊社 → our company×文体・文書種別の問題。スタイルガイドやプロンプトの領域
わかりやすい → easy to understand×形容詞。文脈により最適な語が変わる

判断に迷ったときは、「基本は入れない」というスタンスを持つと、用語集は自然と実用的なものに仕上がります。

用語集は「作って終わり」ではなく育てるもの

最後に、運用についても触れておきます。

初版は50語程度でも十分です。完璧なリストを最初から作ろうとすると、いつまでも着手できません。まず確実な固有名詞だけで作り、実際に翻訳・チェックを回す中で出てきた誤訳や表記揺れを、その都度追加していくほうが早く精度が上がります。

あわせて、不要なエントリを削るというメンテナンスも定期的に行いましょう。数年運用した用語集には、すでに使っていない旧製品名や、誰も参照しないエントリが溜まっています。

また、全社で一つの巨大な用語集を共有するより、クライアント別・案件別に小さな用語集を分けるほうが、純度を保ちやすくなります。同じ語でもクライアントによって指定訳語が違う、というのは翻訳実務では日常茶飯事です。

KORREPETの用語集作成機能

用語集を作る際のヒントを初回しましたが、実際に用語集を作るのは結構大変です。まず用語集に入れる専門用語や固有名詞をどうやって探すのか。

KORREPETには、用語集を簡単に作成できる機能があります。参考の原文とその訳文がある場合は、それらの中から用語集に入れるべき用語のペアをAIが自動的に抽出してくれます。原文だけあって訳文がない場合でも、原文データから頻出用語を自動抽出し、その訳語を自動翻訳してくれます。

KORREPETのマイ用語集管理画面

用語集に入れる候補を用語を抽出したら、同じ画面で抽出した用語を削除したり、訳語を修正したりできます。

さらに、右側のチャット蘭で、AIと相談しながら訳語を決めることもできます。「この語は訳し分けが必要か」と聞いてみるのも、よい判断材料になります。

まとめ

本当に使える用語集をつくるポイントは、次の3つです。

  • 固有名詞と専門用語の名詞だけを入れる
  • 動詞は入れず、プロンプトで指示する
  • 訳し分けが必要な語は入れない

用語集の価値は、エントリの数ではなく純度で決まります。思い切って絞り込んだ100語のほうが、あいまいな1,000語よりも確実に訳文の品質を支えてくれます。

次の案件では、まず「絶対に間違えられない固有名詞」だけを集めるところから始めてみてはいかがでしょうか。


KORREPETは2週間の無料トライアルをご用意しています。 用語集作成からプロンプトのカスタマイズまで、実際の案件でお試しください。デモのご依頼も承っております。